オーストリアのアドモント修道院の図書館には、1653年に書かれた料理書の写本が残っています。そこに記されているのが、リンツァートルテの作り方です。名前のついたケーキのレシピとしては、世界で最も古いもののひとつとされています。
ナッツを練り込んだ生地にジャムを塗り、格子状の生地をのせて焼く。見た目は素朴な焼き菓子ですが、370年以上の歴史を持つケーキです。この記事では、リンツァートルテの特徴、最古のレシピが見つかった経緯、リンツの町との関係、作り方と食べ方をまとめます。
リンツァートルテの基本
- オーストリアの町リンツの名を冠した焼き菓子
- 1653年に書かれたレシピが、アドモント修道院の写本に残っている
- ナッツ入りの生地に赤いジャムを塗り、格子状の生地をのせて焼く
- ジャムの見えるクッキー版「リンツァーアウゲン」もある
リンツァートルテとはどんなお菓子か

リンツァートルテは、小麦粉にバター、砂糖、卵黄、そして挽いたナッツを合わせた生地で作る焼き菓子です。ナッツはヘーゼルナッツかアーモンドが一般的で、シナモンやクローブ、レモンの皮で香りをつけます。
生地を型に敷き、赤いジャムを塗ったら、細長く切った生地を格子状にのせて焼きます。ジャムは、赤スグリ(レッドカラント)やラズベリーが伝統的です。焼き上がると、格子の間からジャムが赤く光って見えます。
生地はケーキというよりタルトやクッキーに近く、ほろっとくずれる食感です。ナッツとスパイスの香りが強く、甘酸っぱいジャムとよく合います。
生地にナッツを使うのには理由があります。ナッツを挽いて粉に混ぜると、小麦粉だけの生地よりも油分が増え、ほろっとくずれる食感になります。ヘーゼルナッツを使うと香りが強く、アーモンドを使うとまろやかな味になり、どちらを使うかは家庭や店によって違います。
1653年のレシピが見つかるまで
リンツァートルテのレシピとして最も古いものは、オーストリア中部のアドモント修道院の図書館に保管されている、1653年の写本に記されています。貴族の女性が書き残した料理のレシピ集で、そのなかに「リンツのトルテ」の作り方が載っていました。
このレシピが注目されたのは、2005年のことです。上オーストリア州立博物館の研究者が写本を調べ、リンツァートルテの記録がそれまで考えられていたより古くまでさかのぼることを確かめました。
アドモント修道院は、世界最大級の修道院図書館を持つことで知られています。バロック様式の豪華な図書館には、約20万冊の蔵書があり、観光客も見学できます。ケーキのレシピが、そうした修道院の蔵書のなかから見つかったというのも、この菓子の歴史の面白さです。
リンツの町と結びついた理由

リンツは、オーストリア北部、ドナウ川沿いにある上オーストリア州の州都です。ウィーンとザルツブルクのほぼ中間にあり、鉄道でどちらからも1時間ほどで行けます。
リンツァートルテがこの町の名物として広く知られるようになったのは、19世紀に入ってからです。1820年代ごろ、リンツに店を構えた菓子職人ヨハン・コンラート・フォーゲルが、このケーキを大量に作って売り出し、町の名物として定着させたとされています。
その後、オーストリアからの移民によってアメリカにも伝わりました。今ではヨーロッパだけでなく、アメリカでもクリスマスの時期の定番の焼き菓子になっています。
リンツァートルテの名前が町の名物として定着したことで、リンツの菓子店にとっては看板商品になりました。今でも町の老舗の菓子店は、自分たちのリンツァートルテを箱に詰めて土産として売っています。日持ちがするので、旅行の最後に買って帰っても、自宅で数日かけて楽しめます。
ドイツ語圏の菓子の名前には、リンツァートルテのように町の名前をつけたものが少なくありません。ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)の名を持つケーキや、ドレスデンのシュトレンなど、地名が菓子の品質を示す看板になってきました。
「トルテ」と「クーヘン」の違い
ドイツ語圏の菓子の名前には、「トルテ(Torte)」と「クーヘン(Kuchen)」の2つがよく出てきます。トルテは、クリームやジャムを挟んだり、表面を飾ったりして仕上げる、手の込んだ丸いケーキを指すことが多い言葉です。クーヘンは、パウンドケーキや天板で焼く素朴な焼き菓子など、もっと日常的な菓子を指します。
リンツァートルテは、見た目は素朴ですが、ジャムを挟み、格子で飾る点でトルテに分類されます。ザッハトルテやドボシュトルテも同じ仲間です。
作り方の流れ
基本の工程
- 小麦粉、挽いたナッツ、砂糖、スパイスを混ぜる
- バターと卵黄を加えて、生地をまとめる
- 生地を冷蔵庫で休ませてから、型に敷く
- 赤いジャムを塗り、細長い生地を格子状にのせる
- じっくり焼き、焼き上がったら数日置いてなじませる
リンツァートルテの生地は、バターとナッツが多いため、温まるとすぐにやわらかくなります。作ったら冷蔵庫でしっかり休ませ、冷えた状態で扱うのがコツです。
格子状の生地は、細長く切ってのせる方法のほかに、絞り袋で生地を絞り出す方法もあります。格子の目の数に決まりはありませんが、斜めに交差させるのが伝統的な見た目です。
焼き上がってすぐより、2〜3日置いたほうがおいしいと言われます。時間がたつと、ジャムの水分が生地に移り、全体がしっとりとなじむためです。日持ちがするので、贈り物にも向いています。
ジャムの選び方
オーストリアで伝統的に使われるのは、赤スグリのジャムです。オーストリアでは赤スグリを「リービゼル(Ribisel)」と呼び、ドイツの「ヨハニスベーレ」とは呼び名が違います。強い酸味が、ナッツとスパイスの甘い生地を引き締めます。
日本では赤スグリのジャムが手に入りにくいので、ラズベリーのジャムで代用するのが一般的です。種が気になるなら、裏ごしした種なしのものを選ぶと、口当たりがなめらかになります。アンズのジャムを使うと、酸味が穏やかで、また違った味わいになります。
家で作るときに失敗しやすい点
よくある失敗
- 生地がやわらかくなりすぎて、格子がうまく作れない
- ジャムを塗りすぎて、焼いている間にあふれる
- 焼き色がつく前に取り出して、生地が生焼けになる
格子を作るときは、細長く切った生地を冷凍庫で少し冷やしてから並べると、切れずに扱えます。生地が割れてしまっても、指で押さえてつなげれば、焼き上がりにはほとんど目立ちません。
ジャムは縁から1cmほど内側までにとどめ、薄く均一に塗ります。焼き時間は長めで、170℃前後のオーブンで40分から50分ほどが目安です。格子の生地にしっかり焼き色がつくまで焼きます。
日本で作るときは、市販のアーモンドパウダーを使うと手軽です。ヘーゼルナッツの香りを出したいなら、皮付きのヘーゼルナッツをフライパンで軽く煎ってから、フードプロセッサーで細かく挽きます。
クッキー版の「リンツァーアウゲン」

リンツァートルテの生地で作るクッキーが、「リンツァーアウゲン(Linzer Augen)」です。ドイツ語で「リンツの目」という意味で、2枚のクッキーの間にジャムを挟み、上のクッキーにだけ丸い穴を開けます。
穴からのぞく赤いジャムが目のように見えることから、この名前がつきました。ハートや星の形に穴を開けたものもあり、クリスマスの時期のオーストリアやドイツでは、家庭で焼く定番のクッキーです。
リンツァートルテより手軽に作れて、一口で食べられるので、お茶の時間や贈り物に重宝されます。表面に粉砂糖をふると、雪をかぶったような見た目になります。
クリスマスとリンツァートルテ
オーストリアでは、リンツァートルテは一年中食べられますが、特にクリスマスの時期に多く焼かれます。シナモンやクローブといった温かみのあるスパイスの香りが、冬の季節に合うためです。
クリスマス前の4週間、アドベントの期間には、家庭で何種類ものクッキーを焼き、缶に詰めて保存する習慣があります。リンツァーアウゲンもそのひとつで、クリスマスマーケットの屋台でも売られています。
リンツを訪ねるなら
リンツは、ウィーンやザルツブルクと比べると観光客が少なく、落ち着いた町です。旧市街の中央広場には三位一体の記念柱が立ち、周りのカフェや菓子店ではリンツァートルテを味わえます。町の菓子店ごとに配合が少しずつ違うので、2軒ほど回って食べ比べるのもリンツらしい楽しみ方です。
ドナウ川沿いには、メディアアートの美術館アルス・エレクトロニカ・センターがあり、毎年9月には世界的なメディアアートの祭典が開かれます。歴史ある菓子と新しい芸術の両方を楽しめるのが、リンツの魅力です。
アドモント修道院はリンツから南へ車で1時間半ほどの場所にあります。リンツァートルテの最古のレシピが眠る図書館を見学し、リンツで実物を味わう。そんな旅程も組めます。
日本で楽しむなら
日本では、オーストリアやドイツの菓子を扱う店や、クリスマスの時期の焼き菓子の詰め合わせで見かけることがあります。リンツァーアウゲンは、洋菓子店のクッキー缶に入っていることも多く、手に取りやすい形です。
日持ちがするので、焼いたものを小さく切り分けて、少しずつ楽しめます。濃いめに入れたコーヒーや紅茶と合わせると、ナッツとスパイスの香りがよく引き立ちます。常温で1週間ほどは風味を保てますが、乾燥しないよう、ラップで包んで密閉できる容器に入れておきましょう。冷蔵庫で冷やすと生地が固くなるので、食べる前には常温に戻しておきます。
370年前のレシピが、今も同じ形で焼かれている
リンツァートルテは、1653年に書かれたレシピが残る、名前のついた世界最古のケーキのひとつです。ナッツとスパイスの生地に赤いジャムを塗り、格子状の生地をのせて焼く形は、今もほとんど変わっていません。
焼いてから数日置くとおいしくなる、素朴で日持ちのする菓子です。オーストリアの菓子についてはザッハトルテとはでも扱っています。
出典:Wikipedia「Linzertorte」、Stift Admont「Oldest cake recipe in the world」





