スーツ発祥の国イギリス|英国スーツの歴史と特徴、今も語られる着こなしのルール

1666年10月、イングランド王チャールズ2世は、宮廷の男性に新しい服装を取り入れると宣言しました。長めの上着の下にベストを合わせるこの装いが、上着、ベスト、ズボンを組み合わせる現在のスーツの原型とされています。当時の役人サミュエル・ピープスも、その様子を日記に書き残しています。

スーツはイギリスで生まれ、ロンドンの仕立て屋街で形を整え、世界のビジネスウェアになりました。この記事では、英国スーツの歴史と特徴、そしてイギリスで今も語られる着こなしのルールをまとめます。

英国スーツの基本

  • スーツの原型は、1666年にチャールズ2世が宮廷に取り入れた装い
  • 19世紀の伊達男ボー・ブランメルが、飾りを抑えた装いを広めた
  • 「ビスポーク(注文仕立て)」という言葉は、ロンドンのサヴィル・ロウから広まった
  • 英国スーツは、構築的な肩と高い袖ぐり、絞ったウエストが特徴

宮廷の服から、紳士の日常着へ

英国のスーツ

17世紀の宮廷の装いは、今のスーツとはまだかなり違うものでした。上着は膝まで届く長さで、刺繍や装飾も多かった。これを大きく変えたのが、19世紀初めのリージェンシー時代に活躍したボー・ブランメルです。

ブランメルは、派手な色や装飾をやめ、濃い色の上着に長ズボン、真っ白なリネンのシャツとクラヴァット(ネクタイの原型)という、抑えた装いを広めました。体に合った仕立てと清潔さこそが上品さだ、という考え方です。彼は当時の社交界で大きな影響力を持ち、紳士の服装の基準を変えました。

19世紀半ばになると、くつろいだ場面で着る「ラウンジスーツ」が生まれます。上着とズボンを同じ生地で仕立てた、丈の短い上着の組み合わせです。もともとは田舎での休暇や家で過ごすための服でしたが、20世紀に入ると街でも仕事でも着られるようになり、今のビジネススーツになりました。

サヴィル・ロウと「ビスポーク」

英国のスーツ

ロンドン中心部のメイフェア地区にあるサヴィル・ロウは、高級な注文紳士服の店が並ぶ通りとして知られています。1846年にヘンリー・プールがこの通りに店を構えたことから、「サヴィル・ロウの創始者」と呼ばれています。

注文仕立てを指す「ビスポーク(bespoke)」という言葉も、この通りから広まりました。店にある生地のうち、客が注文したものが「be spoken for(予約済み)」とされたことが語源とされています。

2004年には、この通りの仕立て屋が「サヴィル・ロウ・ビスポーク協会」を作りました。会員の店には、2ピースのスーツ1着につき50時間以上の手作業をかけることが求められます。採寸から仮縫い、補正を重ねて1着を仕上げるため、注文から完成まで数か月かかるのが普通です。

英国スーツの特徴

イタリアのスーツが柔らかく軽い仕立てで知られるのに対し、英国スーツはしっかりとした構築的な仕立てが特徴です。体を包み込み、姿勢をきれいに見せることを重視しています。

部分英国スーツの特徴
肩パッドを入れ、袖付けを少し盛り上げた構築的な肩(ロープドショルダー)
袖ぐり高く小さい。腕を上げても上着が持ち上がりにくい
ウエスト絞りを入れ、胸から腰にかけて立体的に見せる
ベント後ろの裾の両脇に切れ込みを入れるサイドベンツが多い
ポケット右の腰ポケットの上に小さなチェンジポケットがつくことがある
生地ウーステッドやフランネル、ツイードなど、厚手で丈夫なもの

チェンジポケットは、もともと小銭や乗車券を入れるためのものでした。サイドベンツは乗馬の名残とされ、座ったときに上着の裾がしわになりにくい利点もあります。

生地の厚さは、イギリスの気候に合わせたものです。夏でも涼しい日が多く、冬は湿った寒さが続く。厚手のウールは寒さを防ぎ、型崩れもしにくい。英国の生地は、見た目より丈夫さを重んじて作られてきました。

今も語られる着こなしのルール

英国のスーツ

英国式の着こなしのルール

  • 上着のいちばん下のボタンは留めない
  • 「街では茶色を着ない(No brown in town)」
  • シャツの袖を上着の袖口から1〜1.5cmほどのぞかせる
  • ズボンはベルトではなくブレイシズ(サスペンダー)で吊る

いちばん下のボタンを留めないルールは、19世紀末の皇太子、のちのエドワード7世が太ってボタンを留められなくなり、周りの紳士がそれを真似たのが始まり、という話がよく知られています。ただし、これを裏づける確かな記録は見つかっていません。広く語られてきた由来話と考えるのが妥当です。いずれにしても、今の2つボタンの上着は、下のボタンを留めない前提で裁断されています。

「No brown in town」は、茶色の服や靴は田舎の休日のもので、街での仕事にはふさわしくない、という古い考え方を表した言い回しです。現在では、茶色の靴をビジネスで履く人も多く、厳格に守られているわけではありません。それでも、改まった場や金融街のシティでは、黒の靴を選ぶ人が今も多数派です。

ブレイシズでズボンを吊ると、腰回りで締めつけずにズボンがまっすぐ落ち、きれいなシルエットになります。伝統的なズボンには、ブレイシズ用のボタンが腰の内側についています。

イギリスのビジネスの服装は今

イギリスでも、仕事の服装は大きく変わってきました。IT企業やクリエイティブ業界では、スーツを着ない職場がほとんどです。在宅勤務が広がってからは、金融や法律の業界でも、ネクタイを締めない日が増えました。

それでも、裁判所、議会、伝統のある銀行や法律事務所など、スーツが当然とされる場面は残っています。英国でスーツが担っているのは、日常の制服というより、改まった場で相手への敬意を示す役割だと言えます。

イギリスの会社で面接を受けるなら、職場の服装が普段はカジュアルでも、スーツで行くのが無難です。入社後の服装は、同僚の様子を見て合わせれば問題ありません。

スーツの買い方は3種類

種類内容目安の期間
ビスポーク型紙から一人のために起こし、仮縫いを重ねて仕立てる数か月
メイド・トゥ・メジャー既存の型紙を体に合わせて調整して作る数週間
レディ・トゥ・ウェア(既製服)決まったサイズから選び、裾などを直して着る即日〜数日

サヴィル・ロウのビスポークは数千ポンドからと高価ですが、同じ通りや周辺には、比較的手の届くメイド・トゥ・メジャーの店もあります。ロンドンを訪れたら、ショーウィンドウを眺めながら通りを歩くだけでも、英国スーツの仕立ての違いが見えてきます。

日本語の「背広」の語源をサヴィル・ロウに求める説もありますが、確かな根拠はなく、ほかにも諸説あります。英国の仕立ての言葉が日本にどう伝わったのかは、今もはっきりしていません。

英国の生地の産地

英国スーツを語るうえで欠かせないのが、生地の産地です。イングランド北部、ヨークシャー地方のハダースフィールドは、ウーステッドと呼ばれる梳毛(そもう)の織物で知られ、今も高級なスーツ地を織る工場が残っています。

スコットランドは、ツイードの産地です。なかでもハリスツイードは、スコットランド北西のアウター・ヘブリディーズ諸島で、島の住民が自宅で手織りしたものだけが名乗れると、1993年の法律で定められています。生地の品質を法律で守っている、珍しい例です。

英国の生地は、厚手で目が詰まっているものが多く、仕立てたばかりのときは少し硬く感じます。着込むうちに体になじみ、長く着られるのが特徴です。

招待状に書かれるドレスコード

イギリスで結婚式やパーティーの招待状を受け取ると、服装の指定が書かれていることがあります。言葉の意味を知らないと、場違いな格好で出かけることになります。

表記意味
White tie最も格式の高い夜の正装。燕尾服に白の蝶ネクタイ
Black tie夜の準正装。タキシード(ディナージャケット)に黒の蝶ネクタイ
Morning dress昼の正装。モーニングコート。王室の結婚式や競馬のロイヤルアスコットで見られる
Lounge suitビジネススーツ。ネクタイを締めるのが基本

「Lounge suit」と書かれていれば、普段のビジネススーツで問題ありません。19世紀にくつろぐための服として生まれたラウンジスーツが、今では招待状の上で「きちんとした服装」を意味しているのは、スーツの歴史をよく表しています。

日本で英国風のスーツを選ぶなら

日本の既製服でも、英国風の仕立てをうたうスーツは多くあります。見分けるときは、肩の形、袖ぐりの高さ、ウエストの絞り、ベントの位置を見るのが近道です。

試着したら、腕を前に伸ばしたり上げたりしてみてください。袖ぐりが高く作られた上着は、腕を動かしても背中や襟が引っ張られにくい。これが英国式の仕立ての実用的な利点です。生地は、1年を通して着るなら、厚すぎない中肉のウーステッドが扱いやすいでしょう。

長く着ることを前提にした考え方は、王室にも見られます。国王チャールズ3世は、継ぎを当てた上着や、何十年も修理しながら履き続けている靴で知られています。良い服を仕立て、手入れしながら着続けることが、英国では贅沢のひとつの形とされてきました。

飾りを削り、体に合わせることが英国スーツの基本

スーツは、17世紀の宮廷の服から始まり、ブランメルが飾りを削ぎ落とし、サヴィル・ロウの仕立て屋が形を整えて、今の姿になりました。構築的な肩と高い袖ぐり、絞ったウエストは、体を包み、姿勢を美しく見せるための工夫です。

いちばん下のボタンを留めない、茶色は街で避ける。そうしたルールは今では緩くなりましたが、場にふさわしい装いで相手に敬意を示すという考え方は、今もイギリスのスーツの根にあります。ロンドンで暮らす場合の話はロンドン留学の8つの特徴にまとめています。

出典:Samuel Pepys『Diary』(1666年10月)、Savile Row Bespoke Association、Wikipedia「Savile Row tailoring」「History of suits」

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