ヨーロッパの街を歩くと、花束を抱えて歩く人をよく見かけます。スーパーのレジ横やパン屋の店先にも花が並び、仕事帰りに1束買って帰るのは特別なことではありません。家に招かれたら花を持っていく。誕生日にも、ちょっとしたお礼にも花を贈る。
花を贈ることが日常に溶け込んでいる背景には、歴史、宗教行事、流通のしくみが重なっています。この記事では、ヨーロッパに花を贈る文化が根づいた理由と、国ごとに違うマナー、贈ると誤解される花をまとめます。
この記事の要点
- 世界最大の花市場がオランダにあり、花が手頃な値段で流通している
- 万聖節や女性の日など、花を贈る行事が暦に組み込まれている
- 家に招かれたら花を持っていくのが定番の手土産
- 菊は多くの国で墓前に供える花。贈り物には向かない
花が安く、手に入りやすい

ヨーロッパで花を贈る習慣が続いている大きな理由は、花が身近で、手頃な値段で買えることです。その中心にあるのがオランダです。
アムステルダム近郊のアールスメールには、花の生産者協同組合ロイヤル・フローラホランドの市場があり、世界最大級の花の取引所として知られています。世界中から集まった花がここで競りにかけられ、翌日にはヨーロッパ各地の店に並びます。
オランダと花の関係は古く、17世紀にはチューリップの球根の価格が異常に高騰し、1637年に暴落した「チューリップ・バブル」が起きました。花が投機の対象になるほど、社会に深く入り込んでいたことを示す出来事です。
こうした流通のおかげで、ヨーロッパではスーパーや駅の売店、週末の市場で、数ユーロから花束を買えます。花を買うことが、特別な日のための出費ではなく、パンや牛乳を買うのに近い感覚になっているのです。
オランダやドイツの大きなスーパーでは、入口のすぐそばに花の売り場を置く店が少なくありません。週末の買い出しのついでに、野菜と一緒に花束をかごに入れる。花を買う習慣は、買い物の動線そのものに組み込まれています。
花を贈る行事が暦に組み込まれている
宗教や社会の行事のなかにも、花を贈る日が数多くあります。
| 行事 | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| 万聖節(トゥッサン) | 11月1日 | フランスなどで墓参りをし、菊の鉢を供える |
| 国際女性デー | 3月8日 | イタリアでは女性にミモザの花を贈る |
| バレンタインデー | 2月14日 | 多くの国で男性から女性へ赤いバラなどを贈る |
| 母の日 | 国により異なる | 母親に花を贈る。日付は国ごとに違う |
イタリアの3月8日は、街中が黄色いミモザで染まる日です。第二次世界大戦後の1946年、イタリアの女性団体がこの日のシンボルとしてミモザを選んだのが始まりとされています。早春に咲き、比較的安く手に入る花だったことが理由でした。
バレンタインデーに男性から女性へ花を贈るのも、ヨーロッパでは一般的です。女性がチョコレートを贈る日本とは、贈る側も贈るものも逆になっています。
フランスでは5月1日に、幸運を願ってスズランを贈る習慣があります。この日だけは、許可がなくても街角でスズランを売ることが慣習として認められていて、あちこちに小さな花売りの台が出ます。
家に招かれたら花を持っていく

ヨーロッパで友人の家に夕食に招かれたとき、最も無難な手土産が花です。ワインを持っていくこともありますが、相手が用意した料理とワインの組み合わせを崩してしまうことがあるため、花のほうが気を使わせずに済むと考える人もいます。
ドイツでは、花束を包装紙に包んだまま渡さず、玄関先で包みを外してから渡すのが伝統的な作法とされてきました。今ではこだわらない人も多いものの、年配の人の家を訪ねるときには覚えておくと好印象です。
花を渡すタイミングにも配慮があります。到着してすぐ渡せば、ホストは花瓶を探して生けなければなりません。忙しいホストへの気づかいから、前日や翌日に花を届ける人もいます。
花を受け取る側の作法もあります。ヨーロッパでは、もらった花をその場で花瓶に生け、テーブルや部屋の目立つところに飾るのが一般的です。贈った人の前で花を飾ることが、感謝の気持ちを示すことになります。日本のように、包みのまましばらく置いておくと、相手が気にすることもあるので覚えておくといいでしょう。
贈ると誤解される花
贈り物で避けたい花
- 菊:フランス、イタリア、ベルギーなどでは墓前に供える花
- 黄色い花:フランスでは嫉妬や不誠実を連想させるとされることがある
- 赤いバラ:恋愛の意味が強く、友人や仕事相手には向かない
最も気をつけたいのは菊です。フランスでは11月1日の万聖節に墓前へ菊の鉢を供える習慣があり、菊は死者を悼む花として強く結びついています。日本で仏花として菊を使うのと似た感覚で、お祝いやお見舞いに贈ると相手を戸惑わせます。
赤いバラは、ヨーロッパでは恋愛の意味がはっきりしています。友人の家や仕事の場面で赤いバラの花束を渡すと、別の意味に受け取られかねません。友人宅への手土産なら、季節の花を混ぜた花束が無難です。白と緑でまとめた花束は、どんな部屋にも合わせやすく、贈り物として外すことがほとんどありません。
本数は奇数が基本
ドイツや東欧の多くの国では、花束の本数を奇数にするのが習わしです。偶数の花束は弔いの場で使われるため、お祝いの席で贈ると縁起が悪いとされます。
特にロシアやウクライナなど東欧の国では、この区別がはっきりしています。偶数の花は葬儀や墓前に供えるもので、生きている人に贈るものではありません。13本は不吉な数として避ける人もいます。
旅行や留学で東欧の家庭に招かれたときは、特に本数に気をつけてください。花屋で束を作ってもらうときに「贈り物です」と伝えれば、店員が奇数にそろえてくれることがほとんどです。自分で市場の花を組み合わせるなら、渡す前に本数を数えておくと安心です。
ただし、1ダース(12本)のバラを恋人に贈るのは、西ヨーロッパでは特別な贈り物として受け入れられています。国や地域によって感覚は違うので、迷ったら花屋で「贈り物にしたい」と伝えれば、店員が本数や組み合わせを整えてくれます。
季節ごとによく贈られる花
| 季節 | よく見かける花 |
|---|---|
| 春 | チューリップ、ミモザ、スズラン、ヒヤシンス |
| 夏 | ヒマワリ、ラベンダー、アジサイ |
| 秋 | ダリア、ケイトウ、実のついた枝もの |
| 冬 | クリスマスローズ、アマリリス、ヒイラギ |
季節の花を選ぶと、それだけで相手に季節の挨拶をしているような贈り物になります。花屋でも、その時期に市場へ多く出回る花のほうが、手頃で長持ちします。
花言葉の文化
花の種類に意味を持たせる「花言葉」の文化も、ヨーロッパで育ちました。19世紀のフランスやイギリスでは、花言葉をまとめた本が数多く出版され、恋人同士が花の組み合わせで気持ちを伝えることが流行しました。
イギリスのヴィクトリア朝時代には、口に出しにくい感情を花で伝えるやりとりが、上流階級の間で楽しまれました。日本で知られている花言葉の多くも、この時代のヨーロッパの花言葉が明治以降に伝わったものです。
ただ、花言葉は本によって違い、国ごとにも意味が異なります。今のヨーロッパでは、花言葉を意識して贈る人は多くありません。気にすべきなのは、先に書いた菊や赤いバラのように、はっきりした意味が共有されている花だけで十分です。
お見舞いに花を持っていくときの注意
日本では入院した人へのお見舞いに花を持っていくことがありますが、ヨーロッパの病院では注意が必要です。イギリスでは、衛生上の理由から病棟への花の持ち込みを断っている病院が多くあります。
花の水や土に細菌が増えやすいこと、限られたスペースで管理が負担になることが理由です。お見舞いに行くなら、事前に病院の決まりを確かめるか、花の代わりに本や雑誌、果物などを選ぶほうが無難です。
現地の花屋での買い方
ヨーロッパの花屋では、1本ずつ選んで花束にしてもらうのが一般的です。予算と用途を伝えれば、店員がそれに合わせて組んでくれます。「贈り物にしたい」と伝えると、包装も贈答用に整えてくれます。
週末の市場では、すでに束になった花が安く売られています。自宅に飾るならこれで十分です。家を訪ねるときの手土産にするなら、花屋で包んでもらったほうが見栄えがよく、相手への気持ちも伝わりやすくなります。
花瓶を持っていない家もあるため、そのまま飾れる小さなアレンジメントや鉢植えを選ぶのもひとつの方法です。ただし鉢植えは、先に書いたように、菊の鉢だけは避けてください。
自分のために花を買う
ヨーロッパの花の文化で、日本と大きく違うのは、自分のために花を買う人が多いことです。週末の市場で花を買い、食卓に飾る。誰かに贈るためではなく、自分の部屋を明るくするために花を選びます。
冬が長く、日照時間の短い地域では、家の中に色を取り入れることが気持ちを保つ助けになります。花が安く手に入る環境と、家で過ごす時間を大切にする暮らし方が、花を日常の買い物に変えてきました。
日本でも花を贈る場面は多くありますが、開店祝いの大きなスタンド花や、仏壇に供える花など、儀礼の場面での花が中心です。数百円の小さな花束でも、手土産や自分の部屋のために気軽に買う。その積み重ねが、ヨーロッパの花のある暮らしを作っています。
花が安く、贈る場面が暦にあることが、文化を支えている
ヨーロッパに花を贈る文化が根づいているのは、花が安く手に入り、贈る行事が暦に組み込まれ、家を訪ねるときの手土産として定着しているからです。
一方で、菊や赤いバラ、偶数の本数など、国によって避けたい花や数もあります。迷ったときは季節の花を奇数本、と覚えておけば大きく外すことはありません。ヨーロッパでの暮らしや旅の準備はヨーロッパ旅行の「敷居が高い」は本当かにもまとめています。
出典:Royal FloraHolland、マイナビ農業「花大国オランダ 世界規模のアールスメールに学ぶ花市場の未来」、各国の贈答マナーに関する解説記事





