「Ich bin ein Berliner(私はベルリン市民だ)」。1963年6月26日、西ベルリンでケネディ米大統領が口にしたこの一文は、「私はジャム入りのドーナツだ」と言ってしまった失言として語られることがあります。結論から言えば、これは誤りです。文法は正しく、当時の聴衆も笑ってはいません。
誤解の種になったのが、ドイツのジャム入り揚げドーナツ「ベルリーナー」です。この記事では、ベルリーナーの特徴と食べる時期、地方で変わる呼び名、そしてケネディの演説をめぐる誤解がどこから生まれたのかをまとめます。
ベルリーナーの基本
- ベルリーナーは、ジャムを詰めた丸い揚げパン菓子
- 地方によって呼び名が違い、ベルリンでは「プファンクーヘン」と呼ぶ
- 大みそかとカーニバルの時期に食べる習慣がある
- ケネディの「私はドーナツ」説は、1980年代に広まった俗説
ベルリーナーとはどんなお菓子か

ベルリーナーは、イースト(酵母)で発酵させた生地を丸く成形し、油で揚げて、中にジャムを詰めたお菓子です。日本のドーナツと違って中央に穴はなく、ころんとした丸い形をしています。
中身は、アンズやイチゴ、プラムのジャムが定番です。最近はカスタードクリームやチョコレート、卵酒のリキュールを使ったクリームなど、種類が増えました。表面には粉砂糖をまぶすか、砂糖の衣をかけて仕上げます。
揚げたあとにジャムを注入するため、側面には小さな穴がひとつ空いています。揚げている途中で生地の中央に白い帯ができるのも特徴で、ここがきれいに出ているかどうかが、職人の腕を見る目安とされます。
地方によって呼び名が変わる
同じお菓子でも、ドイツ語圏では地方によって呼び名がまったく違います。旅先のパン屋で名前を尋ねると、場所ごとに違う答えが返ってくるはずです。
| 呼び名 | 主に使われる地域 |
|---|---|
| ベルリーナー(Berliner) | ドイツ北部、西部、南西部 |
| プファンクーヘン(Pfannkuchen) | ベルリンとその周辺、ドイツ東部 |
| クラップフェン(Krapfen) | バイエルンなど南部、オーストリア |
| クレッペル(Kreppel) | ヘッセン州など中部 |
面白いのは、地元のベルリンでは「ベルリーナー」と呼ばないことです。ベルリンでは「プファンクーヘン」、直訳すると「パンケーキ」と呼びます。ほかの地方の人が「ベルリンのお菓子」という意味でベルリーナーと呼んでいる、というわけです。
一方で、ほかの地方で「プファンクーヘン」と言えば、フライパンで焼く薄いパンケーキのことです。同じ言葉が地方によって別の食べ物を指すので、ドイツ国内でも注文の行き違いが起きることがあります。
大みそかとカーニバルに食べる

ベルリーナーは一年中パン屋に並びますが、特に売れる時期が2回あります。大みそか(ジルヴェスター)と、カーニバル(ファッシング、ファストナハト)の時期です。
カーニバルは、キリスト教の四旬節の前に行われる祭りです。四旬節には断食や節制の習慣があるため、その前に卵やバター、砂糖を使い切り、揚げ菓子を作って食べる習慣が生まれました。ベルリーナーは、この時期の代表的な菓子です。
大みそかには、ベルリーナーのなかにひとつだけ、ジャムの代わりにマスタードを詰めた「はずれ」を混ぜるいたずらが知られています。誰が当たるかを楽しむ、年越しの遊びです。パン屋でもこの時期だけマスタード入りを売ることがあります。
「私はドーナツ」説はどこから生まれたか
1963年6月26日、ケネディは西ベルリンのシェーネベルク市庁舎前で、およそ12万人の聴衆を前に演説しました。東西冷戦のさなか、東ドイツ側に囲まれた西ベルリンの市民を励ます演説で、「Ich bin ein Berliner」はその結びの言葉です。
のちに、この文には冠詞「ein」が余計で、「私はベルリン市民だ」ではなく「私はベルリーナー(ドーナツ)だ」という意味になってしまった、という話が広まりました。しかし、ドイツ語の専門家の多くはこれを否定しています。
誤解とされる理由
- 「Ich bin Berliner」は、ベルリン出身の人が出身地を言うときの言い方
- ケネディはベルリン出身ではなく、「気持ちのうえでベルリン市民だ」という比喩
- 比喩として言う場合は、冠詞「ein」を付けるのが文法的に自然
- そもそもベルリンでは、あの菓子をベルリーナーとは呼ばない
つまり、ケネディの言い方は比喩として正しく、ベルリンの聴衆がドーナツを連想して笑ったという事実もありません。演説の記録では、聴衆はこの言葉に大きな歓声で応えています。
誤解が広まったのは、演説から20年後の1980年代です。1983年に出版されたイギリスの作家レン・デイトンのスパイ小説『ベルリン・ゲーム』に、この失言説が登場しました。その後、アメリカの新聞の書評がこれを事実のように扱い、誤解が世界に広まったとされています。
ベルリーナーの起源の言い伝え
ベルリーナーの起源には、18世紀のプロイセンにまつわる言い伝えがあります。フリードリヒ大王の軍に入隊を望んだベルリンの菓子職人が、兵役には向かないとされたものの、軍のパン焼き係として残ることを許され、感謝のしるしに大砲の弾に似せた丸い揚げ菓子を作った、という話です。
ただし、この話を裏づける確かな記録はありません。油で揚げた甘いパン菓子は、中世からヨーロッパ各地で作られていました。ベルリーナーも、そうした古い揚げ菓子の流れのなかで形を整えたものと考えるのが自然です。
ドイツのパン屋での買い方

ドイツのパン屋(ベッカライ)では、ショーケースのベルリーナーを指さして、欲しい数を伝えれば買えます。1個1〜2ユーロほどで、コーヒーと一緒にその場で食べられる店も多くあります。
中身が違う種類が並んでいるときは、ラベルを見ると分かります。アンズならアプリコーゼ(Aprikose)、イチゴならエルトベーレ(Erdbeere)、カスタードならヴァニレ(Vanille)と書かれていることが多い。迷ったら、定番のジャム入りを選ぶのが無難です。
カーニバルの時期のケルンやマインツ、ミュンヘンでは、パン屋の前に行列ができることもあります。揚げたてのベルリーナーは、この時期の街の空気と一緒に味わうのがいちばんです。
世界の似た揚げ菓子
ジャム入りの丸い揚げ菓子は、ドイツ以外にも広く見られます。ポーランドの「ポンチュキ」は、カーニバル最後の木曜日にたくさん食べる習慣があり、この日は「脂の木曜日」と呼ばれます。
イスラエルでは、ユダヤ教の祭りハヌカの時期に「スフガニヤ」というジャム入りの揚げドーナツを食べます。油で揚げた料理を食べるのが、ハヌカの伝統です。アメリカの「ジェリードーナツ」も同じ系統の菓子で、ケネディの「ドーナツ説」がアメリカで広まりやすかった背景には、この菓子が身近だったこともあるのかもしれません。
家で作るときのコツ
作り方のポイント
- 生地は強力粉を中心に、バター、卵、砂糖、イーストで作る
- 一次発酵のあと丸めて、もう一度しっかり発酵させる
- 170℃前後の油で、片面ずつふたをするように揚げる
- 粗熱が取れてから、口金をつけた絞り袋でジャムを注入する
ベルリーナーは、パン作りと揚げ物の両方の手間がかかる菓子です。いちばん大切なのは発酵で、丸めた生地がひと回り大きくなるまで待ってから揚げると、軽くふっくらと仕上がります。
揚げるときは、生地の上面を下にして油に入れ、途中で一度だけ返します。こうすると、側面に白い帯がきれいに残ります。油の温度が高すぎると、外側だけ焦げて中が生焼けになるので、温度計で確かめながら揚げると失敗しにくくなります。
ジャムは、揚げたての熱いうちに入れると生地が破れやすくなります。少し冷ましてから、側面の白い帯の部分に口金を差し込み、ゆっくり注入します。
日本の揚げ菓子との違い
日本で近いものを探すなら、あんドーナツやジャムの入った揚げパンでしょう。どちらも発酵生地を揚げて甘いものを包む点は同じです。
違いは生地の配合にあります。ベルリーナーは卵とバターを多く使うため、生地そのものに甘みとコクがあり、ふんわりとした食感になります。表面に砂糖をまぶすか、砂糖の衣をかける仕上げも、日本の揚げパンとは少し違います。
揚げ菓子なので、作った日のうちに食べるのがいちばんおいしい。翌日に食べるなら、オーブントースターで軽く温めると、表面の食感が戻ります。
ドイツ以外では、オーストリアのクラップフェンもよく知られています。ウィーンでは、アンズジャムを詰めたクラップフェンがカーニバルの時期の定番で、カフェやパン屋の店先に山積みになります。同じ揚げ菓子でも、ドイツより少し平たい形で、表面に粉砂糖をたっぷりふるのが特徴です。国境をまたいで同じ系統の菓子が、それぞれの名前と形で親しまれています。
ベルリーナーを買うなら、午前中がおすすめです。多くのパン屋は朝に揚げたものを並べ、午後には売り切れることもあります。
ベルリン市民は、あの菓子を「ベルリーナー」とは呼ばない
ベルリーナーは、ジャムを詰めた丸い揚げ菓子で、大みそかとカーニバルの時期に特によく食べられます。地方によって呼び名が変わり、地元のベルリンでは「プファンクーヘン」と呼ばれています。
ケネディの「私はドーナツ」説は、20年後の小説と書評から広まった俗説です。ドイツを旅するなら、パン屋でその土地の呼び名を聞いてみてください。ドイツ語圏の菓子についてはバウムクーヘンとはやザッハトルテとはでも扱っています。
出典:Wikipedia「Ich bin ein Berliner」「Berliner Pfannkuchen」、Rosetta Stone「The Ich Bin Ein Berliner Myth Debunked」、Association for Diplomatic Studies & Training「Ich bin ein Berliner」





