ドボシュトルタとは|ハンガリーで1885年に生まれたカラメルのケーキと、日持ちの工夫

ドボシュトルタは、1885年にブダペストで開かれた博覧会で初めて披露されたケーキです。その場で味見をしたのは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリーザベトだったと伝えられています。薄いスポンジを何層も重ね、表面を硬いカラメルで覆った、ハンガリーを代表する菓子です。

考案したのは、ブダペストで食料品店を営んでいた菓子職人ドボシュ・ヨージェフ。冷蔵庫のない時代に、どうすればケーキを長持ちさせられるかを考え抜いて生まれたのが、このケーキでした。この記事では、ドボシュトルタの特徴と誕生の経緯、作り方、本場での食べ方をまとめます。

ドボシュトルタの基本

  • 1885年、ブダペストの博覧会で初めて披露された
  • 考案者は菓子職人ドボシュ・ヨージェフ
  • 薄いスポンジとチョコレートのバタークリームを重ね、表面を硬いカラメルで覆う
  • カラメルのふたとバタークリームは、ケーキを長持ちさせるための工夫

ドボシュトルタとはどんなケーキか

ドボシュトルタ
ハンガリー

ドボシュトルタは、薄く焼いたスポンジ生地を5〜6枚ほど重ね、その間にチョコレート風味のバタークリームを塗ったケーキです。いちばん上の生地だけは、砂糖を煮詰めたカラメルで覆い、放射状に切り分けておきます。

カラメルの層はガラスのように硬く、ナイフを入れるとパリッと割れます。下のしっとりしたスポンジとクリームとの食感の違いが、このケーキの持ち味です。側面にはクリームを塗り、細かく刻んだナッツをまぶすこともあります。

ハンガリー語では「ドボシュ・トルタ(Dobos torta)」と書きます。ドイツ語圏では「ドボシュトルテ」と呼ばれ、ウィーンのカフェでもよく見かけます。オーストリア=ハンガリー帝国の時代に、両国の菓子文化が深く交わっていた名残です。

冷蔵庫のない時代の「日持ちする」ケーキ

19世紀の終わり、冷蔵庫はまだ家庭にも店にもありませんでした。生クリームやカスタードを使ったケーキは、すぐに傷んでしまいます。ドボシュが工夫したのは、この問題を解決することでした。

ひとつは、クリームにバターを使ったことです。当時一般的だった生クリームやカスタードに比べ、バタークリームは傷みにくく、常温でも形を保ちます。ドボシュはここにチョコレートを合わせ、風味豊かなクリームに仕上げました。

もうひとつが、表面のカラメルです。硬いカラメルの層がふたの役割を果たし、下のスポンジやクリームが乾燥するのを防ぎます。見た目の美しさだけでなく、保存のための仕組みでもあったのです。こうした工夫によって、ドボシュトルタは遠くまで運べるケーキになり、ヨーロッパ各地へ送られました。

1885年の博覧会で披露される

ドボシュトルタ

ドボシュトルタが世に出たのは、1885年にブダペストで開かれた全国博覧会です。ドボシュは自分の店の菓子を出品し、このケーキが大きな評判を呼びました。皇帝夫妻が味見をしたという話も、このときのことです。

評判が高まると、多くの菓子職人がまねをしようとしました。しかしドボシュは、長いあいだ正確なレシピを明かしませんでした。似たケーキは出回ったものの、本物の配合はドボシュの店にしかなかったのです。

1906年、仕事の終わりが近づいたドボシュは、ついにレシピをブダペストの菓子職人とはちみつ職人の組合に寄贈しました。これによって、誰でも正しい配合でドボシュトルタを作れるようになり、ハンガリーの定番菓子として定着していきます。

ドボシュ自身も、店ではチーズやワインなど輸入食品を扱う商人でした。食品を傷ませずに運ぶ知識が、このケーキの工夫に生きたと考えられています。

作り方の流れ

基本の工程

  • 卵を泡立てたスポンジ生地を、薄く何枚も焼く
  • チョコレートとバターでバタークリームを作る
  • 生地とクリームを交互に重ねる
  • 1枚の生地に熱いカラメルを流し、固まる前に放射状に切り目を入れる
  • カラメルの生地をいちばん上にのせる

いちばん難しいのは、カラメルの扱いです。砂糖を煮詰めてカラメルにしたら、熱いうちに生地の上に流し、すぐに切り分けなければなりません。冷めると硬くなって割れてしまうので、時間との勝負になります。

スポンジを薄く均一に焼くのも手間のかかる作業です。1枚ずつ焼くか、大きく焼いてから切り分けます。何層も重ねるので、生地の厚さがそろっていないと、断面の層がきれいに出ません。

完成したケーキは、切り分けたカラメルの三角形を、少し角度をつけて並べることもあります。扇のように立てたカラメルが、見た目にも華やかな仕上がりです。

ドボシュトルタのバタークリームには、ココアバターを含むチョコレートが使われていました。当時としては新しい素材の組み合わせで、なめらかで溶けにくいクリームを作るための工夫です。ケーキが常温で形を保てたのは、このクリームの性質によるところも大きい。今のドボシュトルタも、チョコレートのバタークリームという基本は変わっていません。

ブダペストのカフェ文化

ドボシュトルタが生まれた19世紀の終わりは、ブダペストのカフェ文化が花開いた時代でもあります。1894年に開業したニューヨーク・カフェは、金色の装飾と高い天井で知られ、作家や芸術家が集まる場所になりました。

1858年創業の菓子店ジェルボーも、ブダペストを代表する老舗です。スイス出身の菓子職人エミール・ジェルボーが1884年に店を引き継ぎ、ヨーロッパ各地の菓子の技術を持ち込みました。ドボシュトルタが評判になったのと同じころ、ブダペストの菓子店は競い合うように新しい菓子を生み出していたのです。

当時のブダペストは、オーストリア=ハンガリー帝国の二つ目の首都として急速に発展していました。豊かになった市民がカフェに集い、甘いものを楽しむ。その空気のなかで、ドボシュトルタは国を代表する菓子になっていきました。

ハンガリーのほかの名物菓子

ドボシュトルタ
菓子特徴
エステルハージ・トルタクルミやアーモンドのメレンゲ生地にクリームを重ね、表面に矢羽根の模様を描く
リゴー・ヤンチチョコレートのスポンジで、濃いチョコレートクリームを挟んだ四角いケーキ
クルトシュ・カラーチ生地を棒に巻いて焼き、砂糖をまぶした筒状の菓子
レーテシュ薄い生地でリンゴやケシの実などを巻いて焼く、ハンガリー版のシュトゥルーデル

ハンガリーの菓子は、オーストリアの宮廷菓子の影響を受けながら、ナッツやケシの実、果物を多く使うのが特徴です。ブダペストのカフェでは、ドボシュトルタと並んでこうした菓子がショーケースを彩ります。

毎年選ばれる「ハンガリーのケーキ」

ハンガリーでは2007年から、毎年「ハンガリーのケーキ(Magyarország Tortája)」を選ぶコンテストが行われています。菓子職人が新しいケーキを考案して競い、選ばれたケーキは8月20日の建国記念日に合わせて発表されます。

選ばれたケーキは、その年のあいだ国内の菓子店で広く売られます。ハンガリーの素材を使うことが求められ、ケシの実やサワーチェリー、はちみつなどを使ったケーキが毎年登場します。ドボシュトルタのように、新しい名物を生み出そうとする伝統が、今も続いているのです。

オーストリアとの深いつながり

ハンガリーとオーストリアは、1867年から1918年まで、ひとつの君主のもとで結ばれたオーストリア=ハンガリー二重君主国でした。ウィーンとブダペストの間では人や技術が行き来し、菓子の文化も互いに影響を与え合いました。

そのため、ドボシュトルタはウィーンのカフェでも定番で、エステルハージ・トルタのように、ハンガリーの貴族の名を持つ菓子がウィーンで作られることもあります。どちらの国の菓子と言い切れないものが多いのは、この時代の名残です。

ブダペストで食べるなら

ブダペストには、19世紀から続く老舗のカフェや菓子店がいくつもあります。天井の高い豪華な内装のカフェで、ドボシュトルタとコーヒーを楽しむのは、ブダペスト観光の定番のひとつです。

ハンガリーの通貨はフォリントで、ユーロではありません。カードが使える店が多いものの、小さな店では現金しか受け付けないこともあります。カフェでは、会計のときに1割ほどのチップを加えるのが一般的です。

ドボシュトルタは日持ちがするので、土産用に箱入りで売っている店もあります。カラメルの層は湿気に弱いので、持ち帰ったら早めに食べるほうが、パリッとした食感を楽しめます。

ブダペストはドナウ川をはさんで、丘の多いブダ地区と平らなペスト地区に分かれています。老舗のカフェや菓子店が集まるのは、主にペスト側の中心部です。観光の合間に立ち寄りやすい距離にあるので、1日に2軒回って食べ比べる人もいます。

日本で楽しむなら

日本でドボシュトルタを扱う店は多くありませんが、ハンガリーやオーストリアの菓子を専門にする店で見かけることがあります。家庭で作ることもできますが、カラメルの工程は難しいので、最初は小さめのサイズで試すと失敗しにくくなります。

食べるときは、冷蔵庫から出して少し置き、バタークリームがやわらかくなってからがおいしい時です。冷たすぎるとクリームが固く、風味も感じにくくなります。

カラメルのふたは、飾りではなく保存のための発明だった

ドボシュトルタは、1885年にブダペストで生まれた、薄いスポンジとバタークリームを重ねてカラメルでふたをしたケーキです。冷蔵庫のない時代に、傷みにくいバタークリームと、乾燥を防ぐカラメルという工夫で、遠くまで運べるケーキになりました。

パリッと割れるカラメルの下に、しっとりした層が重なる。その食感の違いには、菓子職人の知恵が詰まっています。中欧の菓子についてはザッハトルテとはやバウムクーヘンとはでも扱っています。

出典:Wikipedia「Dobos torte」、Taste Hungary「Dobos Torta: Hungary’s Iconic Layered Beauty」、Hektoen International「Dobosh torte, a culinary masterpiece」

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