オーストラリアのスーパー最大手ウールワースは、自社ブランドのマッドケーキを年間およそ260万個売っています。全国で1分間に5個が売れる計算です。2位のコールズも、全種類あわせて年200万個以上。2大チェーンだけで、年に460万個を超えるマッドケーキがレジを通っています。
マッドは英語で「泥」。溶かしたチョコレートとバターをたっぷり使った、ずっしり重いケーキです。原型はアメリカ南部のお菓子とされますが、オーストラリアでは誕生日ケーキの定番として別の道を歩きました。名前の由来、アメリカ版との違い、家庭で焼くときの温度と時間までをまとめます。
チョコレートマッドケーキの基本
- 溶かしたチョコレートとバターを多く使う、目が詰まってしっとりしたケーキ
- 名前はミシシッピ川の泥にちなむとされるが、起源の話には確かな記録がない
- オーストラリアではスーパーで600g・7豪ドル前後から買える日常のケーキ
- 形が崩れにくいので、ガナッシュやシュガーペーストで飾るデコレーションケーキの土台に使われる
- 低めの温度で長めに焼くのが基本。生焼けに仕上げるケーキではない
泥のように重い、オーストラリアのチョコレートケーキ

チョコレートマッドケーキは、チョコレートとバターを溶かして生地に混ぜ込み、低めの温度でじっくり焼いたケーキです。切ると断面は黒に近い茶色で、スポンジのような気泡はほとんど見えません。フォークを入れると、ぎゅっと押し返してくる重さがあります。
ふつうのチョコレートケーキとの違いは、油脂と水分の多さです。ココアパウダーだけで色と香りをつけるのではなく、板チョコレートそのものを溶かして使う。そのぶん生地が重くなり、焼き上がってからも乾きにくくなります。表面は溶かしたチョコレートと生クリームで作るガナッシュで覆うのが一般的です。
味はダークチョコレートが基本ですが、オーストラリアのスーパーにはホワイトチョコレート、キャラメル、クッキー&クリームなどの派生版も並びます。コールズは2026年5月、カラフルなスプリンクルを散らした「フェアリーブレッド」味を期間限定で出しました。フェアリーブレッドは、食パンにバターを塗って色つきのチョコスプレーをかけた、子どもの誕生日会の定番おやつです。
名前の由来と、ミシシッピマッドケーキとの関係

マッドケーキの原型とされるのは、アメリカ南部のミシシッピマッドケーキと、そのパイ版のミシシッピマッドパイです。名前は、黒っぽくどろりとした見た目がミシシッピ川の岸の泥に似ていることから、というのが通説です。
いつ、どこで生まれたのかははっきりしません。1920年代、ミシシッピ川の洪水で家を失ったウェイトレスが、溶けかけたチョコレートパイを見て川岸の泥を思い出した、という話が伝わっていますが、裏づけのある記録ではなく言い伝えです。第二次世界大戦のころにアメリカ南部でマッドケーキが広まり、1970年代にパイの形が生まれたという説もあります。マッドパイが印刷物に登場する最も古い例は、1975年とされています。
つまり「1970年代のアメリカで発展した」と言い切れるほど、起源ははっきりしていません。確かなのは、20世紀後半にこの「泥」の名前とずっしりした食感がオーストラリアに渡り、そこで独自に定着したことです。
| チョコレートマッドケーキ(オーストラリア) | ミシシッピマッドケーキ(アメリカ南部) | |
|---|---|---|
| 主な形 | 丸型や角型のホールケーキ | 天板で焼く平たいシートケーキ |
| 上にのるもの | ガナッシュ、チョコレートのアイシング | マシュマロを溶かし、その上にチョコレートのフロスティング |
| ナッツ | 入れないことが多い | ピーカンナッツを入れるレシピが多い |
| 食べる場面 | 誕生日、結婚式、職場のお祝い | 家庭のおやつ、持ち寄りの集まり |
| 買える場所 | スーパーのケーキ売り場に常備 | 主に家庭で作る |
オーストラリアでここまで広まった理由
マッドケーキがオーストラリアの定番になったのは20世紀後半です。決定打は大量生産でした。ウールワースがマッドケーキを売り始めたのは30年以上前。以来、スーパーのケーキ売り場に行けば、いつでも同じ味のホールケーキが買えるようになりました。
値段も効いています。ウールワースの600gのチョコレートマッドケーキは、2026年時点で7豪ドル前後。日本円で千円に届かない金額で、8人ほどが食べられるホールケーキが手に入ります。急に決まった職場の送別会や、子どもの学校へ持っていく誕生日ケーキに、そのまま使える価格です。
2026年8月、ウールワースは30年以上ぶりの大きな変更として、小麦粉を使わないグルテンフリー版のチョコレートマッドケーキを8月24日から定番商品に加えると発表しました。価格は10豪ドルで、通常版より3豪ドル近く高い設定です。国民的なケーキだからこそ、食べられない人を減らすことが売り場の課題になっているわけです。
| 商品 | 重さ | 価格の目安(2026年) | 年間販売数 |
|---|---|---|---|
| ウールワース チョコレートマッドケーキ | 600g | 7豪ドル前後 | 全種類で約260万個 |
| ウールワース グルテンフリー版(2026年8月発売) | — | 10豪ドル | — |
| コールズ マッドケーキ(フェアリーブレッド味・限定) | 600g | 7.10豪ドル | 全種類で200万個以上 |
スーパーのマッドケーキと手作りは、中身が違う
スーパーのマッドケーキと家庭のレシピは、名前は同じでも配合がかなり違います。ウールワースの600gのチョコレートマッドケーキの原材料表示は、砂糖、小麦粉、水、キャノーラ油の順。チョコレート(準チョコレート)は8%、ココアパウダーは3%です。
しっとり感を出しているのは、バターと板チョコレートではなく、植物油と水分です。油は冷えても固まりにくいので、冷凍・解凍を経て店頭に並んでも生地がやわらかいまま保てます。商品ページにも、冷凍したものを解凍して販売していると書かれています。
| ウールワースの市販品 | 家庭のレシピ(ウィメンズ・ウィークリーの例) | |
|---|---|---|
| 主な油脂 | キャノーラ油 | 無塩バター150g |
| チョコレート | 準チョコレート8%、ココア3% | ダークチョコレート150g、ココア35g |
| 粉 | 小麦粉が砂糖に次いで多い | セルフレイジングフラワー50g、アーモンドパウダー120g |
| 1切れ(75g)の熱量 | 1,110kJ(約265kcal)、糖類23.2g | 配合により異なる |
どちらが上という話ではありません。市販品は安く、いつでも同じ味で、日持ちがする。手作りはチョコレートの香りとバターのこくが強く出る。オーストラリアでは、この2つが用途で使い分けられています。
ウェディングケーキの土台に選ばれる理由
マッドケーキは、誕生日だけでなく結婚式のケーキにも使われます。見た目の迫力だけが理由ではありません。生地の目が詰まっていて、上に重いものを載せてもつぶれにくいからです。
オーストラリアのケーキ店では、マッドケーキを何段にも重ね、ガナッシュで表面を平らに整えてから、シュガーペーストで覆う作り方がよく使われます。ふわふわのスポンジでは、この重さに耐えられません。油脂が多いので数日は乾きにくく、前日に仕上げておけるのも、式場へ運ぶケーキには都合がいい点です。
対照的なのが、空気をたっぷり含ませて焼くシフォンケーキです。同じ「ケーキ」でも、マッドケーキは重さと密度で、シフォンは軽さで勝負しています。
家庭で焼くなら、低めの温度で長く

オーストラリアで定番の作り方は、鍋でチョコレート、バター、砂糖、水やコーヒーを弱火で溶かし、冷ましてから卵と粉を混ぜるものです。泡立てる工程がほとんどないので、ハンドミキサーがなくても作れます。
たとえば豪女性誌『ウィメンズ・ウィークリー』のレシピの一つは、ダークチョコレート150g、無塩バター150g、ブラウンシュガー265g、ココアパウダー35g、セルフレイジングフラワー50g、アーモンドパウダー120g、卵4個。19cmの角型で、180℃(ファン付きオーブンは160℃)で約1時間15分焼きます。粉よりチョコレートとバターのほうが多い配合です。
チョコレートは、カカオ分が高めで砂糖の少ないダークチョコレートが向いています。生地の半分近くがチョコレートとバターなので、チョコレートの質がそのまま味に出ます。
焼き加減の目安は、竹串を刺して、湿ったかけらが少しついてくる程度です。「生焼けかと思うくらいで止める」という説明を見かけますが、マッドケーキのしっとり感は、焼き時間を削ることではなく、低めの温度でゆっくり火を通すことで出します。中心が液状のまま取り出すと、冷めてから沈んで生っぽさが残ります。
| 工程 | 目安 | 失敗しやすい点 |
|---|---|---|
| 溶かす | チョコレート・バター・砂糖を弱火で | 沸騰させるとチョコレートが分離する |
| 混ぜる | 粗熱をとってから卵と粉 | 熱いうちに卵を入れると固まる |
| 焼く | 150〜180℃で1時間〜1時間半(型と配合による) | 高温で短く焼くと外だけ焦げて中が生 |
| 冷ます | 型のまま数分おき、完全に冷ましてからガナッシュ | 温かいうちに塗るとガナッシュが流れる |
| 食べる | 冷蔵庫から出して30分以上おく | 冷えたままだと固く、香りも立たない |
保存は密閉容器で。バターとチョコレートが多いぶん、数日たってもしっとりしています。冷蔵庫に入れた場合は、食べる30分以上前に出して室温に戻すと、口どけが戻ります。
重さこそが、マッドケーキのおいしさの正体
マッドケーキの魅力は、軽さを競う洋菓子の流れから外れたところにあります。粉を減らし、チョコレートとバターを増やし、時間をかけて焼く。その結果として生まれた重さが、そのまま食べごたえになり、何段にも重ねられる強さにもなりました。
オーストラリアに住むと、誰かの誕生日には高い確率でこのケーキに出会います。現地の暮らしについてはオーストラリア留学の6つのメリットで、ヨーロッパの濃厚なチョコレートケーキについてはザッハトルテの記事で紹介しています。
出典:Wikipedia「Mud cake (dessert)」「Mississippi mud pie」、Yahoo Lifestyle Australia(2026年8月18日)、YourLifeChoices(2026年5月22日)、Woolworths商品ページ、Women’s Weekly Food「Chocolate mud cake」、Dello Mano「What Is Mud Cake?」





